「QED~ventus~御霊将門」の謎・ネタバレ

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「QED」シリーズの第12作。
1997年3月の出来事。
この年、桑原崇は30歳、棚旗奈々は28歳。

 

調べたくなる言葉

◆世の中にたえて花粉症のなかりせば、春は本当にのどかなことだろう

 花粉症のせいで忙しい薬剤師の棚旗奈々の言葉。元ネタは、古今和歌集及び
伊勢物語に収録されている在原業平の歌、世の中にたえて桜のなかりせば
春の心はのどけからまし より。意味は世の中に全く桜が無かったなら、
春を過ごす人々の心はいかにのどかだったでしょう。

 

◆外嶋の誕生日

 1997年6月で45歳、そして誕生日はノルマンディ上陸の日、つまり1944年6月6日。
ノルマンディ上陸作戦は、第二次世界大戦において、連合軍がドイツ占領下の

フランス・ノルマンディ海岸に侵攻した歴史上最大規模の上陸作戦。 
200万人近い兵員を上陸させたこの作戦の成功により、連合軍は西部戦線を構築し、
ドイツ軍の勢力を分散できたことで大戦の行方に大きな影響を与えた。

 

◆メトロポリタン・オペラが来日

 メトロポリタン・オペラはアメリカ合衆国ニューヨーク市の
メトロポリタン・オペラ・ハウスを本拠地とする歌劇団で、
北米最大のクラシック音楽組織。作中で外嶋が語るように97年5月に
来日し、東京・NHKホールと名古屋・愛知県芸術劇場大ホールで
カルメンを上演した。


 


「メトロポリタン・オペラ」『フリー百科事典ウィキペディア日本語版』
より、メトロポリタン・オペラ・ハウス
2019年7月31日 6:07(UTC)  URL : https://ja.wikipedia.org

 

◆海音寺潮五郎 

 1901年鹿児島生まれの小説家。中学教師を務めながら、作家としてデビューし、
第3回直木賞を「天正女合戦」などで受賞。その後も、「天と地と」、
「西郷隆盛」(未完)、本作でも登場する「平将門」など数多くの歴史小説を発表した。

 

◆銭形平次捕物控

 1882年岩手生まれの作家、野村胡堂の代表作。神田明神下に住む平次が、
子分のガラッ八と共に、推理力と投げ銭によって事件を解決していく推理小説。
架空の人物であるが、作中に登場するように神田明神に彼の碑がある。

 

◆伊達騒動

 江戸時代前期に伊達氏の仙台藩で起こったお家騒動で、三大お家騒動の一つ。
仙台藩三代藩主・伊達綱宗が放蕩三昧を繰り返していたことから、
叔父にあたる一関藩主・伊達宗勝らが幕府に訴えたところから騒動は始まる。
 この訴えの結果、綱宗は21歳で隠居させられ、4歳の嫡子・綱村が4代藩主となる。
すると今度は、宗勝が自身の影響力強化を進め、反対派との対立が激化し、反対派は
幕府へ宗勝派の専横を訴える。大老・酒井忠清邸で行われた審問の際、宗勝派の
奉行、原田宗輔が反対派の伊達宗重を斬殺し、さらにその場に集まっていた老中たちへ
襲い掛かるという事件が発生。(作中にあるように、この酒井邸の中庭には、将門の
首塚があった)これによって、責任を問われた伊達宗勝の一関藩は
改易となった。仙台藩主・伊達綱村自身はまだ幼少ということもあり、お咎め無しなった。
 が、これでまだ騒動は終わらず、今度は綱村が藩主としての権力を強化しようと、
側近を藩の重職に据えるようになり、今度は綱村と反対派の争いが勃発した。
この騒動は最終的に将軍・綱吉の耳に入ることとなり、危うく
改易の憂き目にあうところで綱村が家督を従兄弟の吉村へ譲ったことで、
最終的な終結を見ることとなった。
 この騒動は各種創作の材料となり、作中で触れられている歌舞伎の
「伽羅先代萩」(通称「先代萩」)や山本周五郎の小説「樅ノ木は残った」などの
作品のが残っている。

 

◆幸田露伴

 1867年江戸・下谷(現在の東京都台東区)生まれの小説家。
擬古典主義の代表的な作家で、尾崎紅葉とともに紅露時代を築いた。
 代表作に「風流仏」「五重塔」「運命」などがある。

 

◆秋葉原から守谷まであっという間

 作中時点(1997年3月)では未開通で、2005年8月に開業したつくばエクスプレス
を指していると思われる。作中時点では「上野から常磐線で取手まで四十分。取手で
関東鉄道常総線に乗り換えて、水海道まで三十五分」の計75分を要しているが、
つくばエキスプレス開業後では、秋葉原から守谷まで32分、守谷から水海道まで
12分の計44分(乗車時間のみ。2020年6月14日 YAHOO! JAPAN路線情報調べ)
と大幅に短縮されている。

 

◆目白の椿山荘 

 作中で荘園領主たちが大宝令の「邸宅の近くの園地は特別をもって私有を許す」と
いう条文を悪用して私有地を拡大していったことに似た例として、奈々が挙げた例。
その後、崇が語るように、椿山荘は山県有朋が近辺の旗本屋敷をたくさん買い上げたり、
政府にの払い下げを手に入れたりして獲得した土地に建てた屋敷だが、
そこは彼の死後まで税金を安くするため、山林として登記されていた。
 その後、大阪を本拠とする藤田財閥の手に渡り、結婚式場を経て、
1992年以降はホテルとなっている。一方、付属する庭園は一般に公開されている。

 

ストーリー上の謎、ネタバレ

◆桑原崇、棚旗姉妹が本作で行った場所まとめ


①靖国神社 ②神田明神 ③将門首塚 ④兜神社 ⑤烏森神社 ⑥稲荷鬼王神社
⑦鎧神社 ⑧神田山日輪寺

①延命院 ②富士見の馬場 ③九重の桜 ④石井の井戸 ⑤一言神社
⑥島広山 ⑦延命寺 ⑧國王神社 ⑨成田山新勝寺

 

◆日本三大悪党とその他の人たちとの違いは?

 平将門は弓削道鏡、足利尊氏とともに日本三大悪党と呼ばれている。
その理由について、棚旗姉妹は、天下を狙った、天皇の地位を狙ったなど説を
挙げるが全て桑原に否定される。つまり、天下を狙った人物なら織田信長他、
他にも該当者多数であるし、仮に将門と道鏡が天皇の地位を狙ったとしても
尊氏は全くそんなことはしなかった。
 それでは、三人の共通点は何か。桑原は次のように説明する。
「朝廷は的確じゃないな。より正確に言えば、彼らは『藤原氏』に対した刃向かった」
道鏡は皇位を狙うことで藤原氏の権力基盤を脅かし、
足利尊氏が対立した後醍醐天皇の皇后、女御が藤原氏の女であり、
そして、将門は藤原氏の権力の源泉である荘園制度に反旗を翻したということである。

 

◆「穢れ」とは

 作中で桑原は「記紀」の時代には、ただ単に死に対する感覚的なものだったが、
やがて社会的・宗教的に拡大解釈されるようになり、嵯峨・淳和朝において、
正式に規定されたと語る。

 

◆平将門とは

 ・製鉄民族
  片目ではないのに瞎(かため)明神などとして祀られたことなどから

 ・死の間際でも周囲を気遣う優しい人柄
  桔梗あれども、花咲くなという彼の言葉は呪いの言葉ではなく、
  地元の特産であった桔梗根=花が咲くと良質のものが得られない が
  大きく育つようにという祈りであったことから

 ・けして怨霊ではない
  将門が祀られている國王神社の参道が一直線であり、本殿の扉が開かれている、
  (怨霊であれば、封じ込めるために参道は折れ曲がり、扉は固く閉ざされる)
  子孫が生き延びていること(自分を祀る子孫が途絶えたとき怨霊は害をなす)、
  呪いの元凶と言われた将門塚に本当に呪いがあるならば、大正時代に発掘調査をした
  大熊博士が無事であったことなどから

 

◆将門と成田山新勝寺の関係

 成田山新勝寺は、将門調伏を行った寺として知られ、生粋の江戸っ子は
決して参拝しないと作中でも紹介されている。が、しかし、桑原は逆に
成田山は将門を祀っていると話す。その理由は、将門を象徴する妙見信仰
に関係する妙見菩薩を祀っていること、昔は成田山で最も高い位置に置かれており、
将門を象徴する星を祭る星供が行われている「光明堂」の存在、
最奥部である「奥の院」の祭神が神田明神、延命寺と符合すること、
稲荷鬼王神社と同じように節分のときに鬼は外と唱えず「福は内」とのみ唱えること、
そして、将門の地元の常陸国の人が将門を象徴する繋馬の巨大な絵馬を奉納していること
などを証拠として挙げている。

 

<次回作>

 

 

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