「QED」シリーズの第4作。
1994年9月の出来事。
この年、桑原崇は27歳、棚旗奈々は25歳。
調べたくなる言葉
◆古代インドの四大不調の説
仏教用語で、地・水・火・風の四大の調和が乱れ病気になること。
◆古代ギリシャの四元素説
エンペドクレスやアリストテレスが主張した考え方で、この世界の物質は、
火・風(空気)・水・土の四元素から構成されるという概念。
◆クライバーと「ばらの騎士」
カルロス・クライバーはドイツ生まれの指揮者。詳細は、
「QED 百人一首の呪」の記事参照。
「薔薇の騎士」は、1864年生まれのドイツの作曲家、リヒャルト・シュトラウスが、
1911年に制作したオペラ作品。タイトル名は「ウィーンの貴族が婚約の申込みの
儀式に際して立てる使者のことで、婚約の印として銀のばらの花を届ける」ことから。
(「ばらの騎士」『フリー百科事典ウィキペディア日本語版』
20187年10月30日 12:56 (UTC) URL : https://ja.wikipedia.org)
この作品名の通り、マリア・テレジア治世のウィーンが作品の舞台とした、
貴族同士の恋愛模様をコメディ的に描いた作品。カット無しでの演奏時間は、
3幕で約3時間20分を要する大作。本作の舞台である1994年10月に、
ウィーン国立歌劇場管弦楽団と共に来日し、「ばらの騎士」を公演しているが、
この公演に外嶋は3回も行く予定との記述あり。
◆左甚五郎の眠り猫
左甚五郎は、江戸時代初期に活躍したとされる、伝説的な彫刻師。
日光東照宮の眠り猫をはじめとして大津の園城寺の閼伽井の龍、浜松の龍潭寺の
龍の彫刻など、日本各地の彼の作品とされる彫刻が残っている。
「左甚五郎」『フリー百科事典ウィキペディア日本語版』より、日光東照宮の眠り猫。
2018年8月31日 6:08 (UTC) URL : https://ja.wikipedia.org
◆桂離宮
17世紀の江戸時代初期に、京都市西区に皇族・八条宮の別邸として建設された
建物と庭園群を指す。現在の名称となったのは明治時代になってから。数寄屋風を
取り入れた書院群に、回遊式の日本庭園、そして庭園内に設けられた茶室からなる。
作中では、一見すると全く違って見える日光東照宮と桂離宮とが、
実は同じ人々によって建てられており、「根底には、全く同じ美意識が流れている」
と桑原が紹介する。
「桂離宮」『フリー百科事典ウィキペディア日本語版』
2019年6月10日 9:52 (UTC) URL : https://ja.wikipedia.org
◆三十六歌仙
平安時代中期の歌人、藤原公任撰の歌集「三十六人撰」に載っている
平安時代の歌の名人三十六人のことを指す。作中では、鎌倉時代、13世紀に
詞を九条良経が書き、絵を藤原信実が描いたとされる絵巻物で、戦国大名から
秋田藩主となった佐竹氏に伝わったため、佐竹本三十六歌仙絵を巡って
盗難事件、殺人事件が発生する。
(作中には、紀貫之、小大君、そして、斎宮女御の作品が登場する)
「徽子女王」『フリー百科事典ウィキペディア日本語版』
2019年4月7日 10:30 (UTC) URL : https://ja.wikipedia.org
◆二荒山神社
767年、下野の僧、勝道上人の創建による。主祭神は日光三山であり、
それぞれ、男体山=大己貴命=千手観音、女峯山=田心姫命=阿弥陀如来、
太郎山=味耜高彦根命=馬頭観音であるとされる。下野の一宮であり、
ユネスコの世界遺産を構成する一社となっている。
◆ペシミスティック
厭世的、悲観的であるさま。厭世的とは、人生や世をはかなむ傾向にあること。
作中では、八重垣優歌子の独白部分で、「高校生活最後の夏休みも終わりに近付き、
ペシミスティックな感傷と、得体の知れない焦燥感に苛まれ」という
文章が登場する。
◆ブルームーン
ドライ・ジンとレモンジュース、クレーム・ド・バイオレット(柑橘系の果実を
ベースに、独特の香りを持つニオイスミレなどで香りづけをしたリキュール)を
シェイクして作られる紫色のカクテル。作中では、浅草ROX近くのビルの
7階にあるバーで、奈々が飲んでいたカクテル。
◆本歌取り
和歌の技法の一つで、有名な古歌(=本歌)の一句、または二句を
次作に取り入れて作歌を行う方法。本歌を背景として用いることで、歌に奥行を
付けることを目的とする。作中では、桑原がいつものようにギムレットを飲みながら
「つまり全ての人類は延々と、本歌取りをしながら生きているというわけだ」
と洒落た台詞を口にする。
◆最後の晩餐
レオナルド・ダ・ヴィンチによる傑作絵画。
詳細は「ダ・ヴィンチ・コード」の記事参照。
作中では、佐竹本三十六歌仙を分断することはこの作品をばらばらにするような暴挙だと
桑原が語る。
「最後の晩餐(レオナルド)」『フリー百科事典ウィキペディア日本語版』
2019年2月16日 13:52 (UTC) URL : https://ja.wikipedia.org
◆朝の歯磨きがわりに日本酒を飲っていたという土佐の殿様
日本酒が大好きで、自ら鯨海酔侯を名乗り、酒の飲みすぎで46歳の若さで、
脳溢血で亡くなった幕末の土佐藩主、山内容堂を指すと思われる。
彼は藩政改革に成果を挙げ、幕末の四賢侯と称される存在であり、維新後も
正二位まで昇り、内国事務総裁などを務めるなど活躍した人物だが、何はさておき、
酒好きだった人物として知られる。
◆庚申信仰
中国の道教における「三尸説」(道教の教えで、人間の身体には三尸と呼ばれる
虫がおり、その虫が庚申の日に体から抜け出して天帝に罪状を報告する)を元に、
仏教や神道、日本の様々な信仰が複雑に絡み合った複合信仰。庚申とは、
十干と十二支、つまり干支の60ある組合せの一つであり、すなわち、庚申の日は
60日に一回巡ってくる。そして、庚申の日に寝ずの番をすることで
虫が抜け出せないようにすることを庚申待ちと言う。
◆山王一実神道
徳川家康に仕えた僧、天海が山王神道を発展させた神道。山王神道は、
平安時代から鎌倉時代にかけて比叡山延暦寺で生まれた神道の一派で、
比叡山の山岳信仰、神道、天台宗が融合してできた神道。この教えでは、
山王権現=日吉山王(比叡山の地主神)は釈迦の垂迹であるとされた。
山王一実神道では、山王権現は大日如来の垂迹であり、また天照大神であるとされた。
◆キール
カシスリキュールに少量の白ワインを注ぎ、軽くステアして作られるカクテル。
第二次世界大戦後にフランス・ブルゴーニュ地方のディジョン市長、
フェリックス・キールが考案したとされるため、この名が付いた。
作中では、9月末にカル・デ・サックにて桑原から東照宮や天海についての
説明を受けながら奈々が飲んでいたカクテル。
◆神号
神道の神に付けられる尊称。代表的なものに、「神」「命(みこと)」など。
作中で話題となっている「大明神」「大権現」は、比較的新しい神号であり、
明神、大明神は、元々は特別に崇敬される神がこの神号で呼ばれていたが、
本地垂迹説が勃興すると、大明神とは仏の化身であるという考え方が広がった。
作中で紹介されているように、豊臣秀吉は死後、豊国大明神という神号が
朝廷から追贈されている。
権現、大権現は、同じく本地垂迹説に基づく神号で、仏や菩薩が仮に
神の姿を取って表れたということを示す。(「権」は仮という意味)
作中では、天海が家康の神号を大権現とすることを主張したと紹介されている。
◆ごんべん
警察用語で、詐欺事件のこと。「詐」がごんべんであるため。
同様に、にんべんと言えば、偽造事件を、さんずいと言えば汚職事件を指す。
◆ミントジュレップ
タンブラーなどに、潰したミントと砂糖、水または炭酸水を入れ、
そこにバーボン、クラッシュド・アイスを入れてステアし、最後に
ミントの若芽を飾って作られるカクテル。アメリカ・チャーチルダウンズ競馬場で、
毎年5月に開催されるケンタッキー・ダービーの公式ドリンクとなっている。
作中では、カル・デ・サックで、いつもの3人揃って飲んでいて、
小松崎が社に戻るといって退出した後で、奈々が注文したカクテル。
◆神社と大社と神宮の違い
作中で桑原が解説している。
神社…元々はその土地土地の神を祀る社のこと
大社…神社の規模の大きなもの。例:出雲大社、住吉大社
神宮、宮…皇室の祖先神の祀る神社のみに与えられた称号
ストーリー上の謎、ネタバレ
◆三十六歌仙絵巻を巡る事件の犯人とは?
警視庁捜査一課玉川署の刑事、松丸要が全ての事件の犯人。
八重垣優歌子を交際しており、安田、八重垣両家の事情に詳しかった。
まず、安田滋美の歌仙絵(小大君)盗難は、仕舞い場所を知っており、
盗みに入った。
八重垣俊介殺害では、俊介氏一人でいる情報を優歌子から入手
して侵入し、金庫から歌仙絵(斎宮女御。ただし偽物)を取り出させた上で、
気の通り道である経絡を全て切断して殺害した。
花坊才蔵は歌仙絵他の仕舞っていた蔵へ、歌仙絵が偽物の可能性があると、
不安を煽って入り、そこで殺害した。彼も八重垣俊介と同じように
体を切断されていたが、理由は異なる。花坊は松丸が怪しいことに気づき
小太刀を握ったため、松丸は先手を打って警棒を振り下ろした。
松丸が切断したのは、警棒によってついた痕を隠すためだった。
そして、八重垣慶一は俊介の息子であり、跡を継ぐ可能性があるため、
に殺された。
◆三十六歌仙絵巻を巡る事件の動機は?
八重垣俊介は天海が深秘として仕掛けた、会津に薬師如来を出現させた
ライン=龍脈をホテル建設によって断とうとした。そのことが、会津に所縁がある
松丸としては許せなかったため。
では、天海が仕掛けた深秘とはどういうものだったのか。
天海は、徳川家の命を受け、「天皇に対する霊的クーデター」を仕掛けた。
具体例1。家康は薬師如来の再来であるという伝説があるが、
真言密教や天台密教では、薬師如来は大日如来と同体であるとされ、さらに
天台宗では大日如来は天照大神と同義語であり、天照大神は釈迦と同体であり、
釈迦は取りも直さず山王権現である。つまり、家康=山王権現であり、
「全世界を統べる神に等しい」存在に祀り上げた。
具体例2。日光東照宮の位置は、江戸のほぼ真北に位置しており、昔から
「天子、南面す」と言われているように、宇宙を主宰する神の神殿として
相応しい最良の場所であった。
具体例3。西のラインを作り上げ、朝廷に呪を掛けた。西のラインは家康が
地図上に作り上げた道で、久能山と京都御所を結ぶ。
目的は、遺言で西に向けて埋めさせた名刀、三池の刀を朝廷に突きつけ「呪」を
かけるため。
①久能山東照宮(家康が最初に埋葬された場所)
②鳳来山(家康の母、於大の方が懐妊の祈願をし、薬師如来を身籠ったとされる場所)
③岡崎(家康生誕の地)
④京都御所
しかし、天海は徳川家の要望を全てクリアしながら、さらなる深秘を日光に
仕掛けた。それは「日光、結構」と言う言葉から桑原が気付いたことで、
日光を薬師如来の脇侍、日光菩薩に見立て、山形の月山を、結構=月光、
つまり同じく薬師如来の脇侍、月光菩薩に見立てた。
それが意味することは、日光菩薩と月光菩薩の間には薬師如来がいるということである。
これを地図で表すと以下のようになる。
①日光東照宮
②月山
③龍興寺
龍興寺は会津にある天台宗の寺で、天海が得度した場所であり、そして何より、
会津は天海の生誕の地である。この地に天海は薬師如来を降臨させたのである。
◆朝廷の逆襲
上記のように、家康にやられたい放題であった朝廷だが、東照宮を巡って、
一点の反撃を加えている。東照宮には、後水尾天皇宸筆の三十六歌仙の歌が
飾られている。佐竹本では、三十六首は全て繋がるように仕掛けられているが、
後水尾天皇は、歌を変更することで流れを断つことを試みている。
しかし、この宸筆があったばかりに、戊辰戦争時に東照宮は破壊を
免れたという歴史の事実は皮肉なものである。
◆八重垣俊介のダイイング・メッセージについて
八重垣俊介は、死の間際に妻の千恵子に向かって「かこめ」という言葉を残した。
千恵子は「優歌子め」と言い残したと考え、彼女を庇うために実際には締まっていた
玄関の鍵が開いていたと嘘の証言をした。桑原が解き明かしたところによれば、
これは「華甲め」であったとされる。華甲とは還暦を意味し、殺される直前に
偽物を掴まされたことを松丸から馬鹿にされた八重垣は、自らを殺した犯人よりも
騙した花坊才蔵を恨んでいたのだ。
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