「QED」シリーズの第11作。
1996年11月の出来事。
この年、桑原崇は29歳、棚旗奈々は27歳。
(前作の熊野の残照と連続した物語)
調べたくなる言葉
◆ワルファンカリウムと納豆
ワルファンカリウム(ワルファリン)は、抗凝固剤の一つで、
血栓塞栓症の治療に使用される。納豆などのビタミンKを多く含む食品を
摂取すると効果が弱まる特徴がある。
元々はこれが含まれる飼料を食べた牛が内出血を起こして死亡する病気の
原因として発見された物質で、現在でも殺鼠剤としても使われている。
◆さびしからずや道を説く君
1878年大阪生まれの歌人、与謝野晶子の処女歌集「みだれ髪」に
収録されている「やわ肌の熱き血潮にふれも見でさびしからずや道を説く君」から。
この歌は俵万智訳では「燃える肌を抱くこともなく人生を語り続けて寂しくないの」
となる。つまり、奈々は桑原に対してそう思っている!ということでいいのだろうか。
◆アバド
クラウディオ・アバドは1933年イタリア・ミラノ生まれの指揮者。
スカラ座、ロンドン交響楽団、ウィーン国立歌劇場、ベルリン・フィルなどで
指揮者、音楽監督などとして活躍。本作の舞台、1996年10月にもベルリン・フィル
と共に来日しており、おそらくは外嶋も聞きに行ったのだろう。
◆ドーキンスの「利己的な遺伝子」
イギリスの動物行動学者クリントン・リチャード・ドーキンスが
1976年に発表した書籍。この中で、彼は利己的遺伝子論について
一般に理解しやすい内容で解説したが、それによってこの学説が
世間に認知されるきっかけとなった。利己的遺伝子論とは、生物の進化を
遺伝子中心の視点から理解しようとする考え方。ここで言う利己的とは、
自己の成功(生存と繁殖)の確率を他者より高めることとと定義され、
生物は遺伝子が生き残る可能性が高い行動を取る(取らされる)ということである。
この考え方では、生物の個体を見たときには、利己的に振る舞った方が生存
に有利になると思われるにも関わらず、なぜ生物は利他的な行動を取るのかと
いう問いに答えを与える。
例えば、ミツバチの働きバチは自らの子孫は残せないにも関わらず、
女王バチ及びその子供を一生懸命世話する。これは働きバチの個体にとっては
利他的な行動であるが、働きバチの遺伝子にとっては利己的な行動となる。つまり、
働きバチ自身の子供は自身の遺伝子を50%しか持っていないことになるが、
女王バチの子供は75%持っていることになるため、より効率よく遺伝子を広められる
のは後者であるということである。
◆南方熊楠
御名形 史紋が尊敬する日本の博物学者、民俗学者、生物学者。1867年和歌山に生まれ
東京に出て大学予備門で学び、その後、アメリカ→イギリスへ留学。
大英博物館に職を得る。また、ネイチャー誌に数多く寄稿し、生涯で51本の
論文が掲載されている。その知識は、博物学、人類学、民俗学、植物学など
幅広い分野に及び、日本を代表する知の巨人の一人。
◆沈香
東南アジア原産のジンチョウゲ科ジンコウ属の植物、沈香木などが、
風雨や、虫などによって内部を浸食されたときに、防御策として樹液を分泌するが、
その樹液を乾燥させた香木。元の樹木自体は非常に軽く水に浮くが、
乾燥樹液を含めると水に沈むため、この名がある。沈香には様々な種類があるが、
最高級のものは伽羅と呼ばれる。また、東大寺の正倉院に長さ156cm、重さ11.6kg
という巨大な香木・蘭奢待が納められている。この香木は歴代の権力者によって
切り取られていることで知られ、中でも足利義政、織田信長、明治天皇については
切り取り跡が付箋で明示されている。
「蘭奢待」『フリー百科事典ウィキペディア日本語版』
2020年1月13日 12:05(UTC) URL : https://ja.wikipedia.org
◆ラスプーチン
グレゴリー・エフィモヴィチ・ラスプーチンは1869年生まれの
ロシアの祈祷師。47歳で死ぬ(殺される)までに様々な奇怪な逸話に彩られた
生涯を過ごす。農村生まれの彼は、首都・サンクトペテルブルクで人々の病気を
治療していたことをきっかけに、皇族と近付き、皇太子の血友病を治療したことで
皇帝夫妻の絶大な信頼を得るに至った。
また、彼は超人的な精力を持つとされ、宮廷の貴婦人から熱烈な支持を得るが、
皇帝一家との親密な付き合いやその関係に基づいてロシアの政治に大きな影響を
及ぼしていたこと、乱れた私生活などからあちこちで敵を作り、
何度も命を狙われ、その度に生き延びる。
最後には青酸カリ入りの食事を摂っても死ななかったため、銃弾を数発、頭と心臓、
肺に撃ち込まれ、真冬の川に投げ込まれてようやく溺死したとされる。
◆ウィトゲンシュタイン
ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインは1889年オーストリア・ウィーン生まれの
哲学者。彼の初期の著作「論理哲学論考」に
「語り得ないことについては、沈黙しなければならない」という有名な一節がある。
作中で御名方が「最近は、理解もできないくせにやたらと関わり合おうとしてくる
輩が多い。そしてよく喋る。彼らは沈黙という美徳を全く知らない」と話したのに対し
桑原が「まるでウィトゲンシュタインのようだ」と笑うのはこの一節から来ている
と思われる。
ストーリー上の謎、ネタバレ
◆熱田光明、竹下良治を殺した犯人は誰か?
浜崎羅馬が犯人。浜崎は熱田光明を殺したあと、首と右手首から先を切断したが、
これは那智大社を意味し、また観音菩薩を意味する梵字のサ(以下引用参考)形を
作るため。理由は供養なのか恐怖なのかは不明。
「種子(密教)」『フリー百科事典ウィキペディア日本語版』
2019年9月24日 14:39(UTC) URL : https://ja.wikipedia.org
竹下良治は毒殺。かみ砕くことで毒性を発揮するエリアスという植物の種子を、
つまみとして持参したナッツ&ドライフルーツに混ぜて食べされることで殺した。
(浜崎は同じものを食べたがかみ砕かないように注意した)
その後、部屋の南東にあった観音菩薩に向かって倒した。これも、熱田に
したことと同じ意味を持つと思われる。
◆殺人の動機は?
熱田光明については、熱田が自身の愛人であり、浜崎の母である富美を
子供が産めない体になってしまったことで侮辱したため。
そして、竹下良治については熱田殺しが露見したためとも言えるが、
加えて故郷である那智を軽視していたためとも言えると思う。
◆熱田光明が淡路島の伊弉諾神宮参拝後に大きく変わったとはどういうことか?
伊弉諾神宮を参拝し、伊勢神宮がほぼ真東にあることを知った彼は、
おそらくは御名方の考えも借りて、伊勢から熱田が信仰していた七里御浜を通る線を
引くと那智へ到達し、また、那智から熊野本宮大社を通る線を引くと、
彼がかつて勤めていた竜神温泉を通り、和歌山を経て伊弉諾神宮に至ることに気が付いた。
ここにおいて、伊勢神宮、那智、和歌山を頂点とするトライアングルができる。
そして、伊勢には八咫鏡があり、那智が意味するのは熊野=熊霊=曲玉=勾玉であり、
和歌山に草薙剣を置くことで、三種の神器ラインを持って、熊野を囲い込むことが
できることに気が付き、実際に彼は剣を作ろうとしていた。その目的は、
自分の身体のため、奥さんの病気のため、息子である鎮のため、そして那智のためであった。
◆伊弉諾尊が日本最古の御霊となったとはどういう意味か
まずは、御霊であるという証拠から。
証拠その一、皇室の公然たる氏神で、天皇の守護神としても重んじられていた
御巫八神に伊弉諾、伊弉冉が含まれていないこと。
証拠その二、かつて(八世紀、九世紀ごろ)は宮中の祭祀でも軽視されていた。
証拠その三、伊弉諾神宮の本殿が禁足地に立っていること。禁足とは、
立ち入り禁止という意味ではなく、そこから出てはいけないという意味。
証拠その四、神宮が立地している「多賀」という地名は、タカ=箍という意味、
つまり、縛る、拘束するから来ている。
以上から、拘束されて禁足させられているのは彼が祟り神であるからだと
桑原は語る。なぜ祟り神=御霊になったのか。それは、朝廷としては、伊弉諾・伊弉冉
の二神が国を作ったという事実をできる限り隠したかったから。なぜ隠したかったかと
言えば、大国主や少彦名命、猿田彦命、八咫烏のように、用済みになったら
幽閉あるいは殺害してきたことを隠したかったから。
◆三種の神器とは
桑原(と御名方)は、全てが蛇だと語る。
剣は、草薙の「ナギ」が蛇から来ており、別名の「天叢雲剣」から天=海に
群がる蜘蛛たちの剣ということになる。また、同時に素戔嗚尊を意味している。
鏡は祭祀を意味し、同時に天照大神を意味する。蛇である理由は、蛇の古語であるナガ、ナギ
からハハ、カカ、そしてカガチ、カガミ=カガ身=鏡となっていった。また、蛇がとぐろを
巻いている姿を上から見た形とも言える。さらに、鏡自体が大蛇の目を表してもいた。
加えて、天照大神を意味している。
勾玉、つまり八尺瓊勾玉は八尺の瓊(赤い美しい玉)の勾玉を意味する。さらに、
瓊は丹=朱の騙りかもしれないと桑原は示唆する。というのは騙りであり、
実のところは八尺=八逆、つまり朝廷に反抗を続けている人々の曲がった玉=魂
を意味している。また、「勾」は捕らえるというもあり、その意味では
捕らえられた魂となる。古事記で三輪=三勾と表記されており、
三輪=神=大物主=大国主命となる。
これら全てを朝廷が手にしている。そのことによって日本国に君臨している
ということを三種の神器は意味している。
<次回作>
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